一般社団法人日本産業カウンセラー協会 シニア産業カウンセラー
仏教心理学会 評議員
松村 一生
 
 「今更ながら」の感が強いが、仏教にはセラピーの要素があることを今まで以上に強調して行くのが学会の役割ではないでしょうか?僧侶でない上に、研究者でもない私が申し上げるのは、はなはだ僭越であることは承知の上だが、お寺は身近な癒しのスポットとなってくれるといいなと思う。
 
 世は、コロナ禍の真っただ中である。自身や、家族、知人が感染リスクに晒されることへの不安、身近な人たちと会えないもどかしさ、感染予防対策のあおりを受けた経済的困窮、収束へ向けた先の見通しの立たない戦いに対する疲弊、種々の政策運営に対する不満・・・などなど、「一切皆苦」を実感する事のいかに多いことか。本来、それを受け止める力が、仏教にはあるはずだが、仏教心理学は身近な相談の受け皿として機能できているだろうか?
 
 釈尊は、対機説法といわれるように、人を見て法を説いてこられた。いささか乱暴に言えば、これはロジャーズが提唱した「傾聴」に徹していたことの証ではなかろうかと、密かに思っています。私どもが産業カウンセラーの養成をしていても、この「自己一致」「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」は、言うは易く行うに難いことは、よく分かります。
 
 また近年、マインドフルネスが認知行動療法と合体することで、再び脚光を浴びてきているが、これは釈尊がお奨めになったヴィパッサナー瞑想(観)の現代版であり、サマータ瞑想(止=禅)と並んで、摩訶止観の一部をなすものです。呼吸法を含む瞑想法は、現代では、脳内物質セロトニンを放出するのを補助したりすることが有田秀穂教授の研究でも分かっています。また、シュルツの自律訓練法(この場合は、禅でいう数息観に近い)では、自律性解放という心の自然治癒力が、発揮されることも分かっています。このように瞑想を正しく行うことは、心身の健康に大きな効果が得られますが、禅宗のお寺などで行われる参禅会などは、仏教心理学への手軽な入り口として、もっと強調されても良いものと思われます。
 
 日本仏教に関して言えば、回忌法要の効用についても、見直されて良いように思われます。生老病死が、避けられないものである以上、残される遺族の心の癒しは、必要なものでしょう。回忌法要として、残された者へのグリーフケアを提供していくのに、今の日本のお寺の存在は、最適な場所といえるのではないでしょうか?江戸時代に成立した寺受け制度は、すべての人を寺の檀家とすることで成り立っていました。回忌法要は菩提寺でやるもの、という感覚が、仏教に親しむ素地を作ってくれているように思います。
 
 最後に、近況報告として付け加えるならば、コロナ禍による効用としてテレワークの発達があります。私共の講座も、カウンセリングも、オンライン化が進んでいますが、リモート説法やリモート参禅など、新しい展開も、期待できるのではないでしょうか。
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